みずま子ども風土記_ページ_002
最近発刊された、地元誌である「みずま子ども風土記 第4集」の冒頭のページに書かれている文です。
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私は若い頃、大莞小の教師をしていた頃、毎朝自宅から
清水山まで三年間通って三折坂の上の同じ石に腰掛けて
丁度夜明けの光が前方の楠の木を照らす頃三十分ばかり
見つめて帰宅して食事して登校しました。
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清水寺の三重塔の中に、親父が奉納したお釈迦さまがあったり、私自身は、電動アシストMTBですが、清水山を本拠地して、ちょくちょく走るようになり、上の記述を知って、"三折坂"とはどこ?丁一先生はどの楠をみてた?と興味をそそりました。

丁一先生が、1920年頃、大莞小学校に赴任された頃と思われますが、走って清水山まで行っていたことが他の書物あり三年間も続けられたのには脱帽です。"三折坂"は、現在地図には明記はなく、ぼん天棒さんが、旧参道に"三折坂"はあると教えてくれました。下記写真は、ぼん天棒さんが撮影されたものです。
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それで、その旧参道を下から走ってみました。立ち止まった所はカットしましたが、全線はノーカットです。しかし、この映像を何度みても、よく分かりませんでした。

たぶん、1920年頃は、いまの参道とは違った道があったようで、いまの、トイレ・おみあげ屋がある、駐車場あたりではなかったかと推察します。(https://goo.gl/maps/ej9EL924ebG2)
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その場所を全天球カメラで撮影。撮影ポイントは上図を参照して下さい。

大莞小学校に行く前ですから、家が近くでも7:30頃にはついてないと行けない。三折坂の楠までは約10km。徒歩だと2時間、でも走ると1時間程度。楠を眺めるのが30分。そうすると、5:00発→<1時間のラン>→6:00着→<楠を眺める>→6:30発→<1時間のラン>→7:30着

いまのように葉も茂ってなかったと思いますが、高い木でないと、朝陽はあたらない。とすると。"清水寺・三折坂-5"の所で、西から東に見上げられていたかと思います。皆さんはいかがでしょうか?他に推察した方、ぜひコメント下さい。
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清水寺・三折坂-1 - Spherical Image - RICOH THETA

清水寺・三折坂-2 - Spherical Image - RICOH THETA

清水寺・三折坂-3 - Spherical Image - RICOH THETA

清水寺・三折坂-4 - Spherical Image - RICOH THETA

清水寺・三折坂-5 - Spherical Image - RICOH THETA

参考までに。下記は、享和2年(1802)頃の清水寺の略絵図
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