3日目は昼間までの観光。

親父が木彫し長崎平和記念館に寄贈したら、常設展示と聞いている「平和の女神」を探しに。木彫総高 120cm 昭和58年作。その他の作品→ここから

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こちらは長崎駅から市内電車は一本道ということで安心して乗り込んだ。というのも、前日の中華街に行くのにも市内電車使いましたが、発車してすぐ違う方向に曲がって焦りました。まぁ、結果的にはオーライでしたね。

一番近くの駅に降りて、徒歩で15分くらいだったと思いますが、キツイ坂でカミサンはブーブー。茶色の建物があったので入りました。でも、なんか違う。民俗資料と美術館。平和記念館はどこ??
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マップをよく見ると、この玄関の正面となっているが、木立の茂みがあるだけ。近寄ってみると、「国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館」と案内板があり、入り口は、その案内板の20Mほど左側でした。この建物、は地下構造になってました。入り口を入ると、満面の水をたたえたような水盤。設計したデザイナーはどこの誰か知りませんが、時代をさかのぼるように時計と逆回りに歩かせ、どの部分にも永遠に水が途切れることなく、垂れていく水盤は、原爆で亡くなった多くの方が、水・水・水と、訴えたのを、永遠に忘れないという意味も含まれているかと。

※下記の、写真はネット上にあったもので、どこも撮影禁止です。
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階段降りて行くと、建物自体は、この真上で再び原爆が投下されたとしても耐えうると思われるほど、とても頑丈そう。鉄筋コンクリですが、壁は杉とか檜の木目を一つづつ写し取って作ったという懲りよう。冷たいコンクリでも暖かみがあるように工夫されてました。

メインステージは、近未来的というか、映画のセットをみるような異次元空間。原爆死没者名簿が置かれている部屋となっていました。どの宗派にも属さないようにか、線香とかロウソクはなく、静かに拝礼するようになってました。

観光名所ではありますが、分かりにくいようで、私らだけしか来場していませんでした。残念ながら親父の「平和の女神」を見つけることはできませんでしたが、原爆という大量破壊無差別兵器を落としたアメリカへの憎悪より、その何百倍、何千倍、いや何万倍も亡くなった方を思う気持ちが、私ら日本人には強いかも知れないと思うのでした。

※下記の、写真はネット上にあったもので、どこも撮影禁止です。
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